SFC-sampoから(学内サイト)
ガラスのプレートなので、普通のやり方で撮影しても文字が見えない。刻まれているのは、詩である。
旅人は待てよ
このかすかな泉に
舌を濡らす前に
考へよ人生の旅人
西脇順三郎
「旅人かへらず」の冒頭から。三田を代表する学匠詩人であった西脇氏とSFCの間にどのようなつながりがあったのかは知らないのだが(同氏は1982年没)、こんな木立とゆるやかな緑のカーブは、英国風の田園風景を思わせなくもない。詩集は文庫版で手に入る。おすすめです。
以下、駄弁。
私は西脇氏に会ったことはない。しかし氏の弟子筋の方々は、私にとっては師匠筋にあたる年代なので、間接的に聞いたエピソードは多い。一般に知られている事柄としては、慶應の英文科の事実上の創設者であること、中世英語英文学の講座を(少なくとも日本人による本格的なものとしては)日本、いや東洋で初めて開設したこと。そして西脇氏は日本では詩の分野でノーベル文学賞候補になった唯一の人物であるということも。小説では谷崎潤一郎、三島由紀夫、安部公房が候補になったとされているが、詩では他にいない。
ここでは個人的に印象に残っているエピソードを二つほど。
その一、「缶詰の英語」。これはどこで聞いたのか、ソースが思い出せない。検索しても、ネット上では見つからなかった。これは「英語ができる」ということの一つの目安として出てきた話だったように思う。英語ができる者は、缶詰の英語がわかる。何のこっちゃ、と私も最初は思ったが、要するに非常に言葉を切り詰めた(確かに、缶詰のラベル表示なんかは文章ですらなかったりする)、文脈依存性の高い言語表現を難なく理解できる能力が重要だ、ということだと今は言える。今でこそgoogleで調べれば現地の生活や習慣はかなりよくわかるが、かつてはそうした情報がない場合でも文脈を推論によって仮構する力が切り札だっただろう。今だって、「総合的なコミュニケーション能力」の柱の一つとして文脈の構築能力を挙げることには何のためらいもない。
まあ実際には、それほど大げさなことを言う必要もなく、「缶詰にdolphin-safeって書いてあるんだけど、想像つく?」と謎かけをすれば、楽しい授業の一幕の出来上がり。二、三人あててみて、答えが出なければ画像を見せて、と。以下略。
その二。これは三田の大学院にいた時、由良君美氏の授業で聞いたエピソード(休講の多い人だったが、たまに授業をしてくれた時は絶品だった)。由良氏ご自身が三田の院生であったころ、西脇氏の中世英文学の授業に出ていたのだそうな。慶應では中世英文学は必修だから、他の専門の学生も出席していただろう。ある春の日のこと、窓を開け放して授業をしていた。西脇氏が教科書にしていたチョーサー全集は、長い間使い込んでいたため、背中がほどけていた。そしてページをまためくろうとした時、春風に吹かれてチョーサーの詩片がはらりと舞い散ったのだった。それを見たある学生が、「さすが詩人の授業ですね」というようなことを言ったところ、西脇氏の曰く「そんなこと言ってるから英語ができないんだよ」。詩的だの何だの言う以前に、素地を鍛えろ、徹底的に鍛えろ、骨髄まで叩き込め、ということね。
由良氏ご自身も、私が大学院を出てすぐにお亡くなりになってしまったので、今はおそらく私の記憶に残るだけのエピソードとなった。ここに「口碑」として残したい。
おまけ。言語学者Paul Hopper氏と初めて話したときのこと。奥様が日本文学の研究家ということで詩の話になり、西脇氏の作品の話をした。たまたま頭に浮かんだのが「えてるにたす」。冒頭の「シンボルはさびしい/言葉はシンボルだ/言葉を使うと/脳髄がシンボル色になって/永遠の方にかたむく/シンボルのない季節にもどろう」というくだりを即興で英語に直訳して口ずさんだところ「おまえ面白いな」と言ってもらったのは楽しい思い出。言語学者の中でも現代のアートに通じ、ディコンストラクションに影響を受けて"Emergent grammar"という理論を構想するくらいの人だから、こうした詩行と共鳴するところがあったのかもしれない。